2007年10月6日
風景の中の人物 展示作品から
今まで、写真展の展示作品は、写真展でしか見られないというステータスを付けるために、ネットでは、紹介していませんでした。お客様から、なかなか、写真展に行けないので、どうしても、ネット販売して欲しいと言う声を頂いていましたので、ネット販売の準備を行っているところです。
それで、トップページやブログにも、展示作品は、掲載していませんでしたが、これからは、ネットでご紹介していけると思います。今回は、読者のペリカンさんから、トップフォトについての感想を頂いたので、ブログでご紹介したいと思います。
今日の写真は、京都の南禅寺境内にある赤レンガの疎水 ( そすい ) と呼ばれる琵琶湖からの通船や水車動力による紡績業,潅漑用水,防火用水などに使われる目的で作られた水路です。
その景観は、何とも言えませんね。そこで、最初、人物なしで撮影しようとしましたので、脇にいるカップルが、この場を立ち去るのを待っていました。ところがいっこうにその気配がありません。そこで、他の角度から、撮影していました。
それはそれで、よかったのですが、先ほどのアングルでどうしても欲しかったので、もう一度カメラを構えてみました。全体が大きいので、左側のカップルと右の人物が、あまり気にならないことに気が付きました。むしろ、居ることで、人が持っている暖かさ、楽しさなどという感情を付け加えることができます。
まぁ、そういう写真の分野であると考えれば、よい訳ですね。人物が居なければ、風景画の自然の厳しさが出て、それはそれで、クールな写真になると言った具合です。
ここまで来ますと、好みの問題ですから、一概にどうとかとかは、言えない範疇に来ていると思われます。また、同一人物 ( たとえば私 )でも、その写真により、季節により、状況により、様々と移り変わるから、面白いですね。何だか、その時の心理が、現れてしまいます。
結局最終的には、写真が持っている雰囲気、構図から来るアクセントが欲しい状況、いろいろなモノを総合的に判断して、人物を入れたり、入れなかったりしています。また、これは、ちょっと想像できないかもしれませんが、テーマによって選択することがあります。
ある主催者が、《 私は、どうしても、人物が写っていないと、面白くないんですよ 》 とか、言った場合、意識的に、人物写真を集めたり、風景画にも、人物を入れたりしていますから、好みの問題とは、別の視点からになることもあります。
投稿者 ASSeC Japan : 8:00 AM | 写真 撮影 個展